
背泳ぎのコツ完全版|体が沈む原因を克服し、優雅に25mを完泳する技術

「背泳ぎをするとどうしても足が沈んでしまう」「鼻に水が入って苦しい」と悩んでいませんか?他の泳ぎ方と違って進行方向が見えない背泳ぎは、初心者にとって最も不安を感じやすい種目かもしれません。
しかし、実は背泳ぎこそが「水との一体感」を最も感じやすく、リラックスして泳げる種目なのです。体が沈む原因の多くは筋力不足ではなく、肺の浮力を活かせていない姿勢にあります。
本記事では、数多くの初心者スイマーを完泳に導いてきた視点から、背泳ぎの基礎から応用までを徹底的に解説します。この記事を読み終える頃には、あなたは水面に浮かぶ木の葉のような、軽やかで美しいフォームを手に入れているはずです。
- 体が沈まなくなる「浮心のコントロール」がわかる
- 鼻に水が入る恐怖を克服する呼吸のリズムを習得できる
- 無駄な力みを捨て、25mを楽に泳ぎ切るスタミナが身につく
- 中級者へステップアップするためのバサロキックの基礎が学べる
結論からお伝えしましょう。背泳ぎの成否を分けるのは「後頭部の位置」と「肺の膨らみ」です。この2点さえ押さえれば、誰でも水面に浮き続けることが可能です。それでは、具体的な技術の世界へ踏み出していきましょう。
背泳ぎで「体が沈む」を卒業する!浮力を味方につける姿勢の極意
背泳ぎにおいて、多くのスイマーが最初に直面する壁が「下半身の沈み」です。どれだけ一生懸命足を動かしても、腰が落ちてしまえば水への抵抗が大きくなり、前に進むことはできません。
この問題を解決するためには、筋力で体を支えるという発想を捨て、物理的な「浮力」を最大限に活用する思考へとシフトする必要があります。人間の体には「浮きやすい場所」と「沈みやすい場所」があるからです。
なぜ腰が落ちるのか?「重心と浮心のズレ」を解消する
人間の体において、最大の浮力を持つのは空気が入っている「肺」です。この浮力の中心を「浮心」と呼びますが、一方で体の重みの中心である「重心」は、おへその下あたりに位置しています。
この「浮心」と「重心」に距離があるため、何もしなければシーソーのように重たい下半身が沈んでいくのが自然の摂理なのです。腰を浮かせるためには、この浮心を意識的に下半身側へ近づける、あるいは重心を肺の近くへ移動させる感覚が必要になります。
私が以前指導したある男性スイマーは、水泳経験が豊富であるにもかかわらず、背泳ぎだけは「どうしても足が沈んで溺れそうになる」と嘆いていました。彼の泳ぎを観察すると、沈むのを恐れて必死に頭を上げ、前方(足の方)を見ようとしていました。
実はこれが逆効果なのです。頭を上げると、重心がさらに下半身側に寄り、結果として腰がグンと沈んでしまいます。彼に「後頭部を水に深く預け、視線を真上から少し後ろに向ける」ようにアドバイスしたところ、驚くほど簡単に腰が浮き上がりました。
- 後頭部の沈め込み:耳が完全に水に浸かるまで頭を沈め、首の力を抜く。
- みぞおちの突き出し:肺に空気を溜め、みぞおちを水面に近づけるように胸を張る。
- 骨盤の前傾意識:おへそを少し水面に突き出すイメージで、腰のラインをフラットにする。
水泳において『浮く』とは、水を押しのけた分の重さが自分に返ってくる現象です。背泳ぎでは肺という最高の浮き輪を体の中心に据えるため、胸郭を広げる動作が姿勢維持の生命線となります。
あごの引き方一つで変わる!理想的なストリームライン
姿勢を安定させるための「頭の位置」には、非常に繊細な調整が求められます。あごを引きすぎれば体がくの字に曲がり、逆にあごを上げすぎれば鼻に水が入りやすくなるだけでなく、首筋が緊張して全身の力みに繋がります。
理想的なのは、水面と顔のラインが平行になり、耳が水の中に隠れている状態です。この状態を作ることで、首周りの抵抗が最小限になり、水がスムーズに肩の上を流れていくようになります。
初心者の頃、私は「あごを引いて足元を見なさい」と教わりましたが、これはあくまで「体が反りすぎるのを防ぐため」の極端なアドバイスでした。実際には、足元を見ようとしすぎると首の前の筋肉が緊張し、呼吸が浅くなってしまいます。
ある日、トップスイマーの練習を間近で見たとき、彼らの頭はまるでお盆に乗ったボールのように静止していました。視線は天井の一点を見つめ、あごは「引く」でも「上げる」でもなく、自然に「置かれている」状態。その安定感こそが、無駄な抵抗を生まない秘訣だったのです。
| 頭のポジション | 体への影響 | 水の抵抗 |
|---|---|---|
| あごを引きすぎる | 腰が沈み、体が「くの字」になる | 非常に大きい |
| あごを上げすぎる | 鼻に水が入りやすく、首が緊張する | 中程度 |
| 適切な位置(真上を向く) | 背筋が伸び、全身が一直線になる | 最小 |
アドバイス:まずは陸上で壁に背中をつけて立ってみてください。後頭部、肩甲骨、お尻、かかとが壁についた状態が、水中での理想的なストリームラインに近い姿勢です。この感覚を水中で再現することから始めましょう。
肺を浮き輪にする「胸郭の広げ方」と体幹の意識
背泳ぎで浮力を最大限に引き出すための隠れた主役は「肺」です。肺を大きく広げ、常に一定量の空気を溜めておくことで、体の中に強力な浮き輪を内蔵しているような状態を作り出せます。
ここで重要なのは、「胸を張る」のではなく「胸を膨らませる」という意識です。背筋に力を入れて反るのではなく、肋骨を外側に広げるようにして、上半身全体の容積を大きくするイメージを持ちましょう。
私はレッスンの中でよく「風船のような上半身」という表現を使います。ある生徒さんは、どうしても腰が沈んでしまうため、腹筋に力を入れて無理やり腰を浮かせようとしていました。しかし、それでは筋肉が酸素を消費し、すぐに息が切れてしまいます。
そこで、「息を吐ききらず、常に6割くらいの空気を肺に残したまま呼吸してみて」と伝えたところ、彼女の体は魔法のように浮き上がりました。体幹の力は、姿勢を固定するためではなく、肺で作った浮力を下半身へ伝達するための「橋渡し」として使うべきなのです。
- 大きく息を吸い、胸が水面から一番高く出る位置を確認する。
- その高さを維持したまま、肺の空気を全て吐き出さずに「少しずつ」呼吸を繋ぐ。
- 肺の浮力が腰に伝わるよう、お腹周りを軽く締めて「一本の棒」になる。
体幹を意識しすぎると筋肉が硬くなり、逆に沈みやすくなります。大切なのは、深い呼吸を維持しながら、おへその裏側の背骨を水面に近づけるような『柔らかい強さ』を持つことです。
推進力の8割を決める「キック(打法)」の核心
背泳ぎにおけるキックは、単に進むための動力源ではありません。それ以上に重要なのが、「姿勢の維持」と「ボディポジションの安定」という役割です。キックが止まれば、どれだけ良い姿勢を作っていても下半身は沈み始めます。
効率的なキックを習得するためには、力任せに水を叩くのではなく、水の中に「道」を作るような、しなやかでリズムの良い動きを目指す必要があります。
膝を曲げないは嘘?「しなる足」を作る股関節の使い方
「膝を曲げずにキックしなさい」という指導をよく耳にしますが、これは厳密には正しくありません。棒のような硬い足でキックをしても、水を受け流すだけで推進力は生まれないからです。
重要なのは、股関節から動きを始め、太もも、膝、足首へと力が伝わっていく「しなり」です。膝は意識して曲げるものではなく、太ももが動くことによって「結果的にわずかに曲がってしまう」のが理想的な形です。
あるジュニア選手が、キックの飛沫は大きいのに全く進まないと悩んでいました。彼の足元を見ると、膝をピンと伸ばしすぎて足首がガチガチに固まっていました。これでは水をつかむことができません。
私は彼に「足首をフィンのように柔らかく使い、足の甲で水を後ろへ放り投げるように打ってみて」と指導しました。膝の力を抜き、股関節からムチのように足を振る感覚を掴んだ瞬間、彼のキックからはバシャバシャという騒がしい音が消え、代わりにグンと体が前に押し出される重厚な推進力が生まれました。
- 足首の柔軟性:つま先を伸ばし、足の甲が平らになっているか。
- 内股の意識:親指同士が軽く触れ合うくらいの「内股」で打てているか。
- 膝の脱力:蹴り上げる瞬間に、膝が自然に緩んでいるか。
キックの極意は『しなり』にあります。硬い板で水を叩くよりも、柔らかい鞭で水を払う方が、水は遠くへ飛びます。この物理現象を足で再現することが、背泳ぎのスピードアップの近道です。
足の甲で水面に向かって水を蹴り上げる感覚を研ぎ澄ませましょう。
「背泳ぎのキックは、サッカーのボールを蹴る動きに似ている」と言われます。しかし、水面という壁があるため、大きく蹴りすぎると足が水面から飛び出してしまい、空振りの状態になります。これではエネルギーの無駄遣いです。
私が教えてきた中級者の方には、「水面ギリギリで、小さな泡を立てるように蹴り上げる」よう伝えています。水面を激しく叩くのではなく、水面の下にある水を、足の甲で「盛り上げる」ようなイメージです。この意識を持つだけで、キックの効率は劇的に向上します。
| 動作 | 意識するポイント | 役割 |
|---|---|---|
| 蹴り上げ(アップ) | 足の甲で水を押し上げる | 推進力の生成・腰の浮揚 |
| 蹴り下げ(ダウン) | 力を抜き、リラックスして下ろす | 次のキックへの準備 |
| 足首の状態 | 底屈(つま先を伸ばす) | 抵抗の軽減 |
リズムの魔法「6ビート」を無意識に刻む練習法
キックと腕の動きを連動させるリズム、それが「6ビート」です。これは腕を1回まわす間に、キックを3回(左右合わせて6回)打つリズムのことを指します。このリズムが定着すると、泳ぎに安定感と継続的な推進力が備わります。
初心者の場合、腕の動きに集中するとキックが止まり、キックに集中すると腕が止まりがちです。まずはキックだけで一定のリズムを刻めるようになることが、連動への第一歩となります。
リズム感を養うために、私はよく「メトロノーム」のような一定のテンポを口ずさみながら泳ぐことを勧めます。「タ・タ・タ、タ・タ・タ」という3拍子のリズムです。これが、片方の腕がエントリーしてからプッシュし終えるまでのキックの数です。
ある高齢の女性スイマーは、リズムがバラバラでいつも25mの途中で失速していましたが、この3拍子のリズムを意識してから、まるで見えないメロディに乗っているかのようにスムーズに泳げるようになりました。キックのリズムは、いわば背泳ぎの「エンジン音」なのです。
- まずはビート板を胸に抱え、キックだけで「タ・タ・タ」のリズムを練習する。
- 次に片手だけを回し、腕の入水(エントリー)の瞬間に1打目のキックを合わせる。
- 両手スイムに移り、常に足の振動が止まらないよう意識を足先に置く。
ヒント:キックが止まりやすい瞬間は「腕が空中に浮いているとき」です。この時こそ、意識的にキックを打ち続けることで、体の沈み込みを防ぐことができます。
腕(プル)の動きを劇的にスムーズにする回転の技術
姿勢とキックが安定したら、いよいよ推進力の主役である「プル(腕の掻き)」に注目しましょう。背泳ぎの腕の動きは、単にぐるぐると回すだけではありません。水中で効率よく水を捉え、最短距離で後ろへ送るための精密な軌道が存在します。
また、背泳ぎ特有の「ローリング(体の回転)」を腕の動きと連動させることで、肩への負担を減らし、より大きなパワーを生み出すことが可能になります。
肩を痛めない「エントリー」の角度と小指からの入水
背泳ぎで肩を痛めてしまう人の多くは、入水の角度に問題を抱えています。頭の真後ろに真っ直ぐ腕を入れてしまうと、肩関節に無理なひねりが加わり、怪我の原因になるだけでなく、水の抵抗も増えてしまいます。
正しい入水ポイントは、「時計の11時と1時の方向」です。そして、必ず「小指」から入水させるようにしましょう。小指から入ることで、手のひらが自然に外側を向き、次のキャッチ動作へスムーズに移行できるのです。
私が指導したあるスイマーは、入水のたびにバシャッと大きな音を立てていました。親指や手のひらからベタッと入水していたため、空気を一緒に巻き込んでしまい、水中で手が滑っていたのです。
彼に「耳のすぐ横を腕が通るようにし、最後に小指を水に突き刺すイメージで」と伝えたところ、入水音が静かになり、水中でしっかりと「水の手応え」を感じられるようになりました。静かな入水は、効率の良いプルの証拠です。
| 入水方法 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 小指から(正解) | 肩を痛めず、即座に水をキャッチできる | 意識しないと親指から入りやすい |
| 手のひらから | 特になし | 気泡を巻き込み、推進力が落ちる |
| 親指から | 特になし | 肩関節への負担が非常に大きい |
水を逃さない「キャッチ」から「プッシュ」の軌道
水に入った後の腕の動きは、大きく分けて「キャッチ(水をつかむ)」「プル(引く)」「プッシュ(押す)」の3段階です。背泳ぎでは、肘をピンと伸ばしたまま掻くのではなく、水中で肘を曲げて大きな面を作ることが重要です。
水深20〜30cmあたりの重たい水をつかみ、それを自分の足の方向へ力強く押し出します。このとき、手のひらだけでなく前腕(肘から下)全体を一枚の板のように使う意識を持つと、捉える水の量が格段に増えます。
よくある間違いは、腕を深く沈めすぎてしまうことです。深い場所の水を掻こうとすると、体が左右に揺れてしまい、蛇行の原因になります。ある生徒さんに「水中で大きなボールを後ろに放り投げるように」とアドバイスしました。
彼はそのイメージで、肘を曲げて脇の横を通り、最後に太ももの横でパチンと水を叩くようにプッシュしました。その瞬間、一掻きで進む距離が目に見えて伸びたのです。プルの最後、太ももの横で「押し切る」動作が、背泳ぎのスピードを決定づけます。
- キャッチ:入水後、肘を軽く曲げて手のひらを足の方向へ向ける。
- プル:肘を支点にして、脇の横まで水を引き寄せる。
- プッシュ:一気に太ももの横まで、水を後方へ押し出す。
ローリングの深度がスピードを変える
腕を回すとき、体(胸の面)を常に真上に向けたままにするのは間違いです。背泳ぎには、腕の動きに合わせて体を左右に傾ける「ローリング」という技術が不可欠です。ローリングを行うことで、広背筋などの大きな筋肉を使って水を掻けるようになります。
ローリングの理想的な角度は、中心軸から左右に約30〜45度程度です。入水する側の肩を沈め、逆にリカバリー(空中にある)側の肩を水面に出すことで、肩の回転がスムーズになり、ストロークが伸びます。
ローリングができていない泳ぎは、いわば「平たい板が水面を叩いている」ようなものです。これに対し、適切なローリングがある泳ぎは「鋭いナイフが水を切り裂いている」ような美しさがあります。
あるマスターズスイマーは、ローリングを意識しすぎて体が左右に振れていましたが、「鼻の頭は常に天井を向いたまま、肩だけを動かす」というアドバイスで軸が安定しました。体幹の軸はブレさせず、肩甲骨から動かす。この絶妙なバランスが、優雅な背泳ぎの正体です。
専門家のアドバイス:ローリングを習得するための練習として、「サイドキック」が有効です。体を横に向けた状態でキックを行い、肩がどれくらい水面から出るかを確認しましょう。この「肩が出ている状態」をスイムの中でも再現することが重要です。
もう鼻が痛くない!背泳ぎ専用の呼吸法とリカバリー
背泳ぎを避ける理由の第一位に挙げられるのが「鼻に水が入って痛い」という経験です。顔が常に水面上にあるはずの背泳ぎで、なぜ鼻に水が入ってしまうのでしょうか。
その原因は、不規則な呼吸のリズムと、腕が水面を叩く際に発生する「しぶき」にあります。呼吸を「ただの息継ぎ」としてではなく、水圧をコントロールする技術として捉え直すことで、不快感は一掃されます。
入水時の「鼻から吐く」タイミングをマスターする
鼻に水が入るのを防ぐ唯一の方法は、鼻腔内の圧力を外圧よりも高く保つことです。つまり、水が鼻に近づく瞬間に「鼻から息を吐き続けている」状態を作らなければなりません。
背泳ぎにおいて最も水が鼻に入りやすいのは、腕が入水(エントリー)し、肩がローリングで沈み込む瞬間です。腕が耳の横を通過するタイミングに合わせて、鼻から「フンッ」と短く鋭く息を吐き出すのがコツです。
かつて私の教え子に、鼻栓(ノーズクリップ)なしでは10メートルも泳げないという深刻な「鼻への浸水」に悩む方がいました。彼女は「いつ息を吸えばいいか」ばかりを気にして、吐くタイミングが疎かになっていたのです。
そこで、プールサイドでハミング(鼻歌)を歌いながら泳ぐ練習を取り入れました。鼻から音を出し続ける=常に空気が出続けている状態をキープさせたところ、入水時の飛沫を完全にブロックできるようになりました。鼻から空気を出すのは、いわば「見えない防壁」を作る作業なのです。
- 陸上で口を閉じ、鼻から「フンッ、フンッ」と断続的に吐く練習をする。
- 水中で顔を上にしたまま静止し、腕を回さずに鼻から吐いて飛沫を飛ばす。
- 腕が頭上にきた瞬間に合わせて、鼻からの排気を最大化する。
鼻腔に水が入るとツンとする痛みを感じるのは、体液の浸透圧と水の浸透圧の差が刺激になるためです。これを防ぐには、物理的に「空気の層」で鼻の穴を塞ぎ続ける、積極的な排気技術が欠かせません。
腕の回転に合わせた「吸う・止める・吐く」の周期
背泳ぎの呼吸は「いつでも吸える」という安心感が仇となり、かえってリズムを崩しがちです。浅く速い呼吸を繰り返すと、肺の空気が入れ替わらずに二酸化炭素が溜まり、結果として苦しくなってしまいます。腕の動きに同期させた規則正しい呼吸周期を確立しましょう。
理想的なのは、右腕が上がるときに「吸い」、左腕が上がるときに「吐く」といった、ストロークとの完全な同期です。これにより、肺の浮力を安定させつつ、全身へ酸素を効率よく供給できるようになります。
「25メートル泳ぐだけでゼーゼーしてしまう」という方は、たいてい呼吸が止まりっぱなしになっています。ある時、競泳未経験からマスターズに挑戦した男性は、必死に腕を回すあまり、呼吸のタイミングが完全にランダムになっていました。
彼に、片方の腕を「吸うスイッチ」、もう片方を「吐くスイッチ」と決めて泳いでもらったところ、心拍数の上昇が劇的に抑えられました。「吸う」動作は一瞬で終わらせ、「吐く」動作を長く、細く、丁寧に行うことで、水の中でのリラックス度合いが驚くほど変わります。
| 腕のポジション | 呼吸の動作 | 意識するポイント |
|---|---|---|
| 右腕のリカバリー | 素早く吸う(パッ) | 口を大きく開き、肺の奥まで入れる |
| 右腕の入水〜プル | 少し止める | 肺の浮力を活かして胸を浮かす |
| 左腕のリカバリー | 鼻から吐く(フンッ) | 鼻腔内の水圧を逃さない |
コツ:呼吸が苦しくなったら、まずは「吐くこと」に集中してください。人間は吐ききれば、反射的に必ず吸うようにできています。吐くリズムを一定にすることが、スタミナ温存の鍵です。
リカバリー時の腕のリラックスと脱力法
水面上を移動する腕の動きを「リカバリー」と呼びますが、ここでいかに休めるかが長距離を泳ぐ秘訣です。腕を力一杯振り回すと、重心が左右に大きくブレるだけでなく、肩の筋肉がすぐに疲弊してしまいます。
リカバリーの極意は、「投げる」のではなく「運ぶ」意識です。肩の関節を支点にして、腕の重みを利用しながら、遠くへ放り投げるような遠心力を活用しましょう。手首の力を抜き、指先が軽くぶら下がっているような状態が理想です。
「背泳ぎをすると肩が重くなる」という悩みを持つ方は、リカバリー中に腕を真っ直ぐにしようと、上腕三頭筋に力が入りすぎていることが多いです。あるレッスンで、生徒さんの腕の力を抜くために「指先から水を滴らせながら、ゆっくり腕を運んでみて」と伝えました。
すると、ガチガチだった彼女のフォームから無駄な力みが消え、腕がスムーズに、かつ高く上がるようになりました。リカバリーは次の「キャッチ」のための準備時間です。この一瞬の休息を味方につけることで、50メートル、100メートルと距離を伸ばすことが可能になります。
- 親指から抜く:太ももの横でプッシュし終えたら、親指から水面上へ引き出す。
- 空中での脱力:最高到達点では、手首の力が完全に抜けているか確認する。
- 一直線の軌道:肩の真上を通るように腕を運び、左右のブレを最小限にする。
筋肉は収縮(力を入れる)と弛緩(力を抜く)を繰り返すことで、ポンプのように血液を送ります。リカバリーで意図的に弛緩を作ることは、疲労物質である乳酸の蓄積を遅らせる生理学的にも理に適った戦略です。
背泳ぎのスピードを最大化する「壁蹴り」と「バサロキック」
競泳の背泳ぎにおいて、スイム以上にタイムを左右するのが「潜行局面」です。スタート後やターン後の壁を蹴った後の数秒間をいかに効率よく過ごすかで、その後の泳ぎの伸びが決定的に変わります。
特に「バサロキック」は、水面からの抵抗を受けない水中での最強の推進手段です。これをマスターすることで、25メートルの到達時間は劇的に短縮され、あなたの泳ぎは一気にアスリートの輝きを放ち始めます。
浮上までの5メートルで差をつけるストリームライン
壁を強く蹴っても、姿勢が悪ければ一瞬で失速してしまいます。水中では水圧が全方位からかかるため、空気中よりも姿勢の乱れがスピードに与える影響が数倍大きいのです。
最も重要なのは、両腕で頭をしっかりと挟み込み、指先から足先までを「一本の細い矢」にすることです。親指同士を掛け、手のひらを重ねることで、肩甲骨が寄り、水の抵抗を受ける面積を最小化できます。
私が現役時代、最も意識していたのは「お腹を薄くすること」でした。壁を蹴った瞬間、肺の空気を腹圧に変え、腰が反らないように微調整します。多くの初心者は、壁を蹴った瞬間に「よし、泳ぐぞ!」と力んでしまい、胸を反らせてしまいます。
これでは、進行方向に対して大きな壁を立てているのと同じです。ある生徒さんは、このストリームラインを意識しただけで、壁を蹴ってからの伸びが2メートル以上変わりました。泳ぎ始める前の「静止した姿勢」こそが、スピードの源泉なのです。
- 壁を蹴る前に、水中で深く沈み、体を真っ直ぐにする。
- 腕を耳の後ろで固定し、肘が曲がらないように真っ直ぐ伸ばす。
- あごを引きすぎず、頭が腕の間に完全に入っていることを確認する。
第2の推進力「バサロキック」の打ち方とコツ
バサロキック(水中ドルフィンキック)は、背泳ぎの華です。腹筋と背筋を連動させ、体全体で波を作るようにして進みます。この動きのコツは、足先で蹴るのではなく、胸の下(みぞおち辺り)からキックが始まっていると意識することです。
水を押すのではなく、水を「後ろへ送り出す」イメージ。体幹を柔らかく使い、大きなうねりを足先に伝えていくことで、まるで魚のような推進力が生まれます。
バサロキックが苦手な人の多くは、膝を支点にして「自転車こぎ」のような動きになっています。私はよく「大きなイルカの尾ひれを想像して」と指導します。ある時、全く進まなかった生徒さんに、フィン(足ひれ)を履かせて練習してもらいました。
道具を使うことで、足の甲に水が当たる感覚が強調され、体幹からの連動が必要であることを体が理解したのです。フィンを脱いだ後も、彼女はバサロキックで見違えるような加速を見せました。道具の感覚を体に覚え込ませるのも、上達への近道です。
| 項目 | バサロキックの重要ポイント |
|---|---|
| 動作の起点 | みぞおち・胸の下 |
| 蹴り幅 | 大きすぎず、鋭くコンパクトに |
| 腹筋の役割 | アップキック(蹴り上げ)の際に強く収縮させる |
最適な浮上タイミングと最初のストロークへの接続
バサロキックで稼いだスピードを、スイムへとスムーズに繋げる「浮上(ブレイクアウト)」の瞬間が最も技術を要します。潜りすぎて失速したり、急に角度をつけて浮上して抵抗を増やしたりするのは禁物です。
理想的な浮上は、水面に対して浅い角度で、スピードが落ちきる前に最初のプルを開始することです。体が半分水面に出るか出ないかのタイミングで、片方の腕を力強くプッシュし、一気にスピードに乗ります。
「バサロを何回打てばいいですか?」という質問をよく受けますが、答えは「スピードがスイムの速度を下回る直前まで」です。ある競技者が、バサロが得意だからと制限距離ギリギリまで潜り続けていましたが、後半は明らかに失速していました。
そこで、浮上タイミングを1メートル手前に設定し、浮上と同時に最大出力でストロークを開始するよう修正しました。結果、25メートルのタイムは0.5秒も縮まりました。潜行の「貯金」をスイムに繋げる、この滑らかな接続こそが背泳ぎの醍醐味です。
- 浮上する際は、視線を少しずつ後ろ(進行方向と逆)へ動かしていく。
- 最初の一掻き(1ストローク目)は、通常のスイムより力強くプッシュする。
- 浮上した瞬間に最初の呼吸を「吐ききる」ことで、リズムを作る。
水中と水面の境界線は、最も抵抗が大きくなる場所です。ここをいかに速やかに、かつ「滑るように」通過できるかが、背泳ぎ全体の完成度を左右します。
まとめ:優雅に速く泳ぐために今日からできること
背泳ぎは、他の泳ぎ方に比べて「感覚」が重要な種目です。進行方向が見えないからこそ、自分の体の傾き、水の抵抗、そして呼吸のリズムに対して繊細になる必要があります。
まずは「後頭部を預けて肺で浮く」という基本の姿勢を、何よりも優先して練習してください。浮くことへの恐怖心が消えれば、キックもプルも驚くほどスムーズに動くようになります。
25メートル、50メートルと泳げる距離が伸びていくにつれ、あなたは背泳ぎの持つ「静寂とスピードの共存」という魅力に気づくはずです。天井を眺めながら、水面を滑るように進む感覚。それは、他のスポーツでは決して味わえない至福の体験です。
この記事で紹介した「鼻呼吸のコツ」や「バサロの起点」を、次回の練習で一つずつ試してみてください。一度にすべてをやろうとする必要はありません。一つ一つのピースが組み合わさったとき、あなたの泳ぎは劇的な進化を遂げるでしょう。
- Step 1:耳を水に浸け、肺の空気を感じて10秒間浮き続ける。
- Step 2:膝を曲げず、足の甲で水面を盛り上げるキックを習得する。
- Step 3:腕の入水に合わせて鼻から息を吐き、リズムを一定に保つ。
あなたの水泳ライフが、より豊かで、挑戦に満ちたものになることを心から応援しています。美しい背泳ぎで、プールの主役になりましょう!
